アニメ『地獄楽』を見ていて、どうでもいいことが気になった。
地獄。
極楽。
この二つを並べていたら、
「あれ?」と思った。
地獄の「獄」と、極楽の「極」。漢字は違うのに、どっちも「ゴク」じゃないか。
じ・ごく。
ごく・らく。
意味はほとんど正反対なのに、同じ「ゴク」が入っている。
一度気づくと、もうストーリーより「ゴク」が気になってしまう。
こういう、本筋とはまったく関係ないところに引っかかる癖が俺にはある。
獄と極。同じ「ゴク」なのに意味は全然違う
気になったので調べてみた。
「獄」は、牢獄の獄。
罪人を閉じ込める場所という意味を持つ。
一方の「極」は、極限。究極。北極。
みたいに、「きわみ」「行き着くところ」という意味を持つ。
だから「極楽」は、ものすごく乱暴に言ってしまえば、
「楽の極み」
みたいな言葉になる。
面白い。
「獄」と「極」。
音だけ聞けば同じ「ゴク」なのに、一方は閉じ込められる場所で、もう一方は行き着くところ。
しかも、
地獄には「獄」があり、極楽には「楽」がある。
出来すぎている。
もちろん、誰かが「地獄と極楽を対になる言葉にしよう」と考えて、「ゴク」の音を揃えたわけではない。
それぞれ別の由来を持つ言葉だ。
ただ、偶然だからこそ俺は面白いと思ってしまった。
そもそも『地獄楽』というタイトルがすごい
そう考えてから『地獄楽』というタイトルを見ると、急に違って見えた。
地獄+極楽=地獄楽。
「極」が消えている。
でも「地獄」と「極楽」の両方が、その短い三文字から見えてくる。
地獄なの?それとも極楽なの?
作品の内容を考えても、この曖昧さが妙にしっくりくる。
美しいものが、そのまま恐ろしい。
助かりたいと思って向かった場所で、人が死ぬ。
生きるために人を殺してきた人間が、生きたい理由を探している。
地獄と極楽が、綺麗に二つに分かれていない。
むしろ混ざっている。
だから『地獄楽』なのか。
……なんて考え始めると、タイトルだけでしばらく遊べる。
こういうのが好きなんだと思う。
地獄の反対側に極楽があるわけじゃない
ここからは完全に俺の勝手な解釈だ。
昔の俺なら、
地獄 ←――――――→ 極楽
みたいに考えていたと思う。
苦しい場所から逃げれば、楽な場所へ行ける。
嫌な会社を辞めれば自由になれる。
嫌な上司が異動すれば働きやすくなる。
住宅ローンを返し終えれば楽になる。
何か一つの境界線を越えた向こう側に、「極楽」があるような感覚だ。
でも40代になってみると、そんなに綺麗には分かれていない。
仕事があるから苦しい日もある。
でも、仕事があるから家族との生活を守れている部分もある。
住宅ローンは重い。
でも、そのローンで買った家で家族と飯を食っている。
管理職なんて面倒なことだらけだ。
それでも、部下が昨日できなかったことを一人でやっているのを見ると、ちょっと嬉しかったりする。
同じものの中に、地獄もあるし、極楽もある。
どちらか一方じゃない。
「ゴク」が同じなのは、たぶん偶然だ
地獄の「獄」と極楽の「極」が、同じ「ゴク」と読むことに、特別な因果関係があるわけではない。
だから、
「実はここには古代から伝わる深い意味が……」
みたいな話にはならない。
そこが俺は結構好きだ。
意味なんてないかもしれない。
ただの偶然かもしれない。
でも、偶然同じ音になった二つの漢字を眺めていると、
「地獄と極楽って、本当に反対側にあるんだろうか」
と考えてしまう。
『地獄楽』を見ていなかったら、たぶん一生考えなかった。
アニメを見ながら、たった一文字に引っかかって、調べて、勝手に人生まで重ねてしまう。
こういう妄想?戯考?は、AIに「要約して」と頼んだら真っ先に削られる部分だと思う。
でも最近は、この無駄な寄り道の中に、その人らしさがあるんじゃないかと思っている。
地獄と極楽。同じ「ゴク」でも意味は真逆。
でも俺たちの日常も、案外そんなものなのかもしれない。
今日「もう会社辞めたい」と思った場所で、明日、ちょっと笑うこともある。
地獄と極楽は、思っているほど遠くない。
そんな気がする。


